右手がない

注)ネタバレあり

 

映画「この世界の片隅に」を見てきた。結婚してから何度も帰りたい帰りたいと思ってきた自分には強烈すぎて、まとまらない感想が同じところをずっとぐるぐるしてる。

漫画ではすずさんがいっつも絵を描いていて、周囲も(径子さんさえ)わりと楽しんでいる。対して映画版は、すずさんが結婚してから絵を描くシーンは少なくて、水原さんが泊まりにきて鷺を描くシーン「うまく描けない」というすずさんに水原さんが「最近描いてないのか」と言うセリフがあったように思う。実家に帰った時、広島の街を描きながら「さようなら広島」というの、思う存分絵が描けるのは最後、この街と自分にさようならという風にも聞こえて、もう泣くよね。

実家にいる時は絵を描けばすみちゃんが喜んでくれて、学友も水原さんも絵を評価してくれたけれど。映画では結婚してから絵を喜んでくれるのは晴美さんくらいで、その晴美さんも守りきれず死なせてしまうし。周作さんを好きになるポイントも呉にいなきゃいけない理由も見つからない。それでも結婚したら夫を愛し家を守り続けるのが「普通」だからしょうがないのだと飲み込むしかない。

すずさんに右手があったら普通に家を守る主婦として生きていけたかしら。いつか創作への欲が暴走してしまったんじゃないか、と思うくらい映画版は絵への欲求が強烈だ。好きなように生きていける時代じゃなかったとは言え、家のために生きるように右手をもがれたように見えてしまった。え、嫌いなの?この映画。と思われそうだけど好き。大好き。もう一度映画館で見たいし、DVD出たら絶対繰り返し見る……。

すずさんの失った右手は漫画を描いたこうのさんが引き継いで、映画を作った人達が引き継いで、すずさんは呉で生きていくことにして、で、この話はそれでいいのかも知んない。ただ、観てる自分は右手をもがれてここにいろと言われた気分だ、どうしたらいいのかわかんない。帰りたい。

Share

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です